先日観た「スリー・ビルボード」という映画について書きたいと思います。
レイプ事件で娘を亡くしてしまった女性や、その周りの人たちのあり方について、深く考えさせられる人間ドラマです。
主演は、つい先日この作品でアカデミー賞主演女優賞を取ったフランシス・マクドーマンド。その演技は迫力と繊細さを表現していて、すばらしくて、感動しました。
→ スリー・ビルボード公式HPはこちら
(写真は、TOHOシネマズの作品紹介からお借りしました)
全編を通してのテーマとして掲げられているのは怒りです。「怒りは怒りを来す」という言葉が何回も出てきます。
娘を殺され、ちっとも進まない捜査に怒りを覚え、それを多くの人に知らしめ、それによって捜査が進めばいいという思いから、女性は大きな三つの看板を出します。それは警察署長に責任があるとして、一体何をやってるんだ!というようなメッセージが込められています。
その看板をきっかけとして、多くの波紋が生まれます。
娘を殺された女性として、その女性は確かに可哀想な存在ではあるのですが、町中から信頼を受けている警察署長を非難することで、町中の人から逆に大きな非難を受けます。
彼女がやりすぎている状況に対してみんなが反発している状態になります。
多くの暴力的発言や行動を、彼女もするし、周りからも受けることになります。
でも、そこにあるものは実は愛なんですね。
随所で、その彼女の優しい心が垣間見えるようは描写がされています。
例えば、窓辺でひっくり返って起きれずにいる虫を 起こしてあげたり、対立する警察署長の病気を気遣う表情だったり、寝ている息子に対する優しい眼差しであったり、警察署に火をつけようとする前に誰もいないことを確認する電話だったり...
娘に対する態度への後悔と、自分への怒り。
直接的な行動はとても暴力的ですが、その根底には優しさが流れていて、人は誰しもその行動を起こすのにはその人なりの「愛」という理由があるんだということをとても強く感じました。
でも、その表現方法が怒りであり暴力であるならば、相手からも怒りや暴力というものが返ってくるんですね。
他の登場人物も大変興味深く、警察署長はみんなのことを思い責任を全うしようと努力し、自分で自分の道を定めます。
その下で働く警官の一人は、警察署長を尊敬し、だからこそ、署長に反発する主人公の女性に対して反発をするし、看板を出した業者の男に対してもひどいケガを負わせます。
でも、あるタイミングで、怒りと暴力の連鎖が、やさしさの連鎖に変わり始めます。みんな本来は優しく愛情あふれる存在だということがわかります。
何が起こっていても、目の前の現象だけを見ればひどいと思うようなことも、なぜそれがそうなったのか?その裏には愛があるんだなと思いました。
いろんな事件が起こるのですが、そこに絡まるいろんな人間模様と複雑な感情が、怒りの裏に見事に表現されていて、とても考えさせられることの多い 映画だと思います。
この主人公の女性は、エニアグラムで言うとタイプ8。強く、正義感があり、挑戦していくタイプ。
健全度のレベルが高い時は、とても力に満ち溢れ、多くの人を統率し、愛が溢れる力強さでみんなをまとめていくリーダーシップを発揮する人です。
けれど、健全度のレベルが低い状態では、その言動は強く、暴力的で、勝ち負けにこだわります。弱さを認められず、強く出てしまうことで、周りとのトラブルが多く起きます。
全体から溢れる腹の据わった強烈なエネルギー、それが、タイプ8の輝きです。それがこの主人公の状態では悪い方に出ているんですが、その輝きは健全度が高い状態では素晴らしいリーダーシップの中に現れます。
もちろん、健全度の高い状態を目指していきたいし、私自身、それをサポートすることを仕事としていますが、この映画を見て、どんな状態であっても、それが愛すべき人間なんだということを強く感じました。
映画では、その裏側にあるやさしさの部分も描写されるので、その人物のことを理解することが出来ます。
でも、実際の人間関係では、その裏側に気付くことはなかなかできません。
だから、人間関係の問題が起こるのですね。
この主人公や警官の態度・行動は確かにひどいものだけど、すこし客観的に、その人の裏側の部分をくみ取ることができると、そこに寄り添う気持ちが生まれます。
こちらに、余裕ができて、相手に対する許容範囲が広がります。
エニアグラムを知っているということは、この映画を見ているようなものなのだ...と思いました。裏側のやさしさや動機の部分を、くみ取ることができるから。
エニアグラムを知っているって、とてもありがたいことだなと思いました。(^-^)
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