こんにちは! きらきら人輩出係 にいみ裕子 です。
昨日、夜中にTVをつけてみたら、
「ニッポンのミカタ」があってました。
モノの寿命のお話しでした。
熊本では、テレビ東京系列の放送局がないので、
随分遅れて、しかも真夜中の放送のようです。
びっくりしたのは、包丁の寿命。
包丁は砥げなくなったら
寿命なのだそう。
砥ぎ続けて、
地金の部分が出てきたら、
それ以上は砥げなくなるのだそう。
大きな出刃包丁や、
刀のようなマグロ解体用の包丁が、
ペティナイフほどの大きさになって
寿命を迎えていました
それを見たとき、
あー、ここまで使ってもらったら、
この包丁たち嬉しいだろうなぁ!!
と、何か込み上げるものが...
『役割を全うする』
包丁も、
それを使った人も、
心から満足している気がしました。
誰もが、
この世の中に生れるとき、
何かの役割を持っている。
そんな気がしています。
そして、
その役割が終わった時が、
寿命なのかもしれません。
自分がどんな役割を持って生まれてきたかを、
今の自分は知ることはできません。
誰かに愛を与えるためかもしれない。
誰かに何かを気付いてもらうためかもしれない。
多くの人に喜びを感じてもらうためかもしれない。
あの人とずっと一緒にいるためかもしれない。
過去の出来事を振り返った時、
「あれは、このために起こったことなんだ」
と思うようなことがありますよね。
そんな風に、
自分の一生が終わった時、
「私の役割は、これだったんだ」
とわかるのかもしれません。
もしかすると、
もう少しすれば、
「私はこのために生まれてきたんだ!」
と実感するのかもしれません。
自分の役割が
わかっていようがいまいが、
その時その時を一生懸命に生きることが、
自分の
『役割を全うする』
ということのような気がします。
いつわかるかわからないけれど、
わかるその時まで、
自分の役割ってなんだろう
と思いながら、
いつ来るかわからない寿命を意識して、
一瞬一瞬を
大切に
生きていきたいと思いました。